みんなの知らない平衡石の世界

平衡石への愛

3年ほど前から、イカの平衡石を集めはじめた。平衡石とはイカやザリガニなどの無脊椎動物の頭の中にあるカルシウムの結晶である。ほんの0.5〜2mm程度の小さな粒なのだが、これが非常に可愛らしい。

ほら、可愛いでしょ?,

ヒトや魚で言うところの耳石にあたり、イカの場合は平衡胞というリンパ液で満たされた空間の中で動いて姿勢や速度を感知するのに役立つ。それだけではなく、日々成長して樹の年輪のような輪紋を描くので、イカの日齢を特定することができる場合があるのだ! すごいでしょう。

骨のないイカの体の硬い部分を集めるのはイカ好きあるあるだが、最近の私にとっては甲やカラストンビよりも平衡石が愛しい。小さくて置き場所に困らず、形も愛らしく、イカの人生(イカ生)の歩みが記されている小さな粒を傍らに置いておきたい気持ち、わかるだろうか。

しかし、魚の耳石のコレクターの話は耳にすることも多いけれど、イカの平衡石を集めている人の話は聞かない。もしかしたら平衡石の魅力に気づいているのは私だけかもしれないので、仲間を増やすためにここに記しておく。

※以下、素人が文献から読み取ったことなので、正確なことをお知りになりたい方は最後に載せた参考文献をご覧ください。また、本文中に間違い等ありましたらご指摘いただけると嬉しいです。

平衡石でイカの誕生日が分かる?

先ほど平衡石の輪紋を解析することで、イカの日齢が分かる場合がある、と書いた。もしそうなら、輪紋を遡ればその個体の誕生日が分かってしまうのではないか?! しかしながら、誕生日が分かったときには必ずイカは死んでいる(平衡石をとりだされているので)ので祝ってあげることはできない。なんなら元々1年くらいしか寿命がないのだ。悲しい。 なぜ「誕生日が分かる」と言い切れないかというと、一部の種類のイカでしかそれが証明されていないからだ。

例えば、スルメイカはそれが証明されているイカの一種である。証明の方法はこうだ。まずテトラサイクリンという蛍光を発する抗生物質をサンマの切り身に加えてスルメイカに与え、35日後に同じ餌を与えることで平衡石の輪紋を蛍光マークする。その時点で平衡石を取り出してマークした輪紋の間の輪紋数を測るのだ。結果、輪紋の数は平均して34.9という正確さだったという。これでスルメイカに関しては一日に一本輪紋ができることが証明された。その後、同じ方法でヤリイカ類でも1日1本の輪紋が形成されることが分かっているらしい。

スルメイカの平衡石の外観

そんなスルメイカの平衡石の外観がこちら(各部位名は参考文献を参照)。輪紋なんて見えないじゃん!という声が聞こえてきそうである。そう、見えない。見るためにはこの小さな粒を一定の方向に研磨して、輪紋を浮き出させなければならないのだ。

ヤリイカの平衡石(凹面)ヤリイカの平衡石(凸面)
ヤリイカの平衡石の裏表

このように平衡石には凹凸面がそれぞれあり、凹面を下にして、凸面を削っていくと年輪のような輪紋がはっきり見えるとのこと。しかし私には生物顕微鏡もないし、研磨の腕もないのでこの目で輪紋を見ることができない(参考文献で写真は見た)。残念。

それでも素人の夢は膨らむ。年輪のように成長スピードで輪紋の幅が変わったりするのだろうか。この感じだと7月にはたくさん餌を食べて一気に成長していますねぇ、とか。あるいは回遊してきた場所の成分などが刻まれていて、それをもとに回遊ルートがわかったりしたらいいのにな。

平衡石コレクション

さて、この章のためにこの記事を書いたというのが本音である。見てくれ俺の自慢のコレクションを。

TG-5を皿に完全にくっつけてズームMAXで撮影したので、画像のサイズ比は現物とほぼ同じはずだ。一応簡単に計測した長辺の長さと、体の大きさの参考に外套長を添えておく。平衡石の左右・裏表がまちまちなのは次回の課題。

スルメイカ

スルメイカの平衡石

大きさ(長辺):1.25mm
外套長:280mm
所感:割れてしまった米粒感がある。あるいは右上を見ているケープハイラックス。ケープハイラックス大好き。

コウイカ

コウイカの平衡石

大きさ(長辺):1.5mm
外套長:170mm:
所感:富士山とに似ていると言ったら静岡・山梨あたりから怒られそう。それでも敢えて言うなら、山梨側の本栖湖あたりから見た富士山だろうか。

アオリイカ

アオリイカの平衡石
アオリイカの平衡石

大きさ(長辺):1.8mm
外套長:275mm
所感:

上から押しつぶされたペンギンがこちらから見て左の羽根を広げて見せている、ように見えるのは私だけだな多分。さっき出てきたコウイカとこの後のヤリイカの間みたいな感じ。ヤリイカ科でありながらコウイカのように外套膜全面にヒレがあるという特徴となんとなく被るようで面白い。

ヤリイカ

ヤリイカの平衡石
ヤリイカの平衡石

大きさ(長辺):1.7mm
外套長:141mm
所感:四角くて険しい山脈っぽさがあるが、なんとなくヤリイカ自身のヒレを縦半分にしたような形に見えないこともない。

ケンサキイカ

ケンサキイカの平衡石
ケンサキイカの平衡石

大きさ(長辺):1.7mm
外套長:445mm
所感:ヤリイカと酷似。体の見た目もそっくりなので多分そうだろうとは思っていたが、ここまで似ているとは。微妙な違いは個体差なのか種の差なのか。たくさん集めればわかるかも。

ナンヨウホタルイカ

ナンヨウホタルイカの平衡石
ナンヨウホタルイカの平衡石

大きさ(長辺):0.9mm
外套長:50mm
所感:ホタルイカの平衡石を採取できたことがないので、これも無理だろうと思っていたらマグレで行けた。寸詰まりのアゲハの5齢幼虫みたいで可愛い。体サイズの割に平衡石が大きいな。

ミミイカ

ミミイカの平衡石
ミミイカの平衡石
大きさ(長辺):0.6mm
体長:45mm
所感:家で飼っていた(と言えるか微妙だが)ミミガー2という名のミミイカのもの。あまりにも小さいので諦めかけたが、供養のために頑張った。クマムシっぽさ。

ドスイカ

ドスイカの平衡石
ドスイカの平衡石

大きさ(長辺):2.6mm
外套長:234mm
所感:対してドスイカは大きくてびっくり。ゴロッという平衡石にあるまじき存在感。外套長2m弱のダイオウイカの平衡石が2.23mmだったという記録もあるので、ドスイカは特別大きいのかもしれない。水上バイクみたいな形。小さくなってコレに跨り、リンパ液の海を走りまわりたい。

実はドスイカの寿命4年説というのがある。ある測定によるとドスイカの輪紋は最大1400本程度が観察された。スルメイカと同じような実験での証明は行われていないが、その他研究の結果を踏まえるとドスイカも1日1本の輪紋が刻まれる可能性は高いそうだ。そうするとドスイカの寿命は最低でも4年となるわけだ。一般的にその辺のイカの寿命は1年と言われているので、これはかなりの長寿である。自分が解剖したドスイカが何歳だったのか気になるなあ。

平衡石の取り出し方

ここまで読んでくれた方々は、自分で平衡石を取り出したくてたまらなくなっているに違いない(違う)。そんな方のため、そして自分の備忘のために平衡石の取り出し方を写真と共に解説するので暇な方はどうぞ(詳しくは参考文献をご覧ください、ただ私のは我流なので少し違う)。

ちなみに左右一対の平衡胞の中にそれぞれ3つずつ平衡石が入っているのだが、そのうち2つは小さすぎて見えないので、集めているのはそのうち1つずつだけである。輪紋の測定を行うのもこの大きな1つである。

1.頭を切り離す

頭を切り離す

平衡石は頭にあるので、頭を扱いやすいように腕と胴は切り離しておく。ハサミかメスで。

肝臓との境目はキワを狙う

その時、肝臓と頭の境目は慎重に。この辺りに平衡胞があるのだ。あと、肝臓を傷つけると塩辛が作りづらい。ここの切り離しから先はメスをお勧めする。

2.頭を縦半分にする

平衡胞の位置を確認する

さっくりと頭を縦半分にする。点線で囲った部分に平衡胞があるので、分からなくならないように注意しながら切る。

縦半分に切る

縦に切り進めたところ。次の写真はこの断面を見ていく。点線で囲んだところを見失わないように。

3.平衡胞を薄く削ぐ

平衡石が透けて見える(見えないこともある)

断面をみると、軟骨で守られた平衡胞の中に、平衡石を見つけることができる場合が多い。翼と呼ばれる不透明な部分が透けて見えるのだ。でもたまに変な位置に行ってしまって見えないこともある。

軟骨を削いでいく

平衡石が見えている場合は、見失わないようにしながら軟骨を削いでいく。私は垂直方向に削いでいるが、水平方向でも良さそう(というかその方が楽かも)。

この平衡胞というのは結構複雑な形をしており、内側の表面には突起が付いているので、焦ると平衡石がどんどん奥へ行ってしまう。ちなみにこの突起の数は種によって異なり、スルメイカなら11個、ミミイカなら6個というように数が決まっているそうだ。それにしてもどうやって数えたのだろう。小さいよ。

平衡石発見

メスで切りながら、カリっとした感触があったらそれは平衡石。ピンセットでつまんで、あるいは柄付き針でつついて平衡胞から出す。黒い皿などに出してみると見やすいよ。

まとめ

これからも色んな種類の平衡石を集める予定なので、コレクションが溜まったらまた公開しようと思う。 もし、「平衡石を取り出したいのにうまくいかない!」などのお困りごとがあれば声をかけて欲しい。飛んでいきます。逆に平衡石に関する情報があれば教えて欲しいです。

いつか平衡石写真集出そうかな。

参考文献

  1. イカ―その生物から消費まで(p.44-46)
  2. イカの不思議 季節の旅人・スルメイカ(p.32-35)
  3. イカの春秋―サイエンスエッセイ(19章『イカの年齢はいくつ?』夏苅 豊. p.139-144)
  4. イカはしゃべるし、空も飛ぶ〈新装版〉 面白いイカ学入門 (ブルーバックス)(p.196-199)
  5. スルメイカの平衡石の採取および輪紋計数マニュアル(北海道立釧路水産試験場, 2005年3月) http://jsnfri.fra.affrc.go.jp/shigen/ika_kaigi/contents/S59/S59-13.pdf
  6. スルメイカ平衡石輪紋による日齢査定マニュアル (北海道区水産研究所 資源管理部 浮魚資源グループ, 2018年3月 http://hnf.fra.affrc.go.jp/H-jouhou/kenkyu/surumeika_manual.pdf
  7. ダイオウイカの平衡石を摘出しました/とりネット/鳥取県公式サイト