何こいつ急にQ&Aを始めているのかと思いますよね。はい。
イカ好きを自称しているとイカに関する様々な質問を受ける。しかし喋りが下手すぎて上手く伝わっていない気がする。そこでよくある質問をピックアップして、記事にしてしまえばURLをピッと送るだけで済むのではないかというのがこのシリーズを始める動機である。
結構頑張って写真を撮っているので、特に疑問がなくても読んでいただけると嬉しい。
目撃される魚入りのイカたち
イカは魚を丸呑みするか。
これは本当によく聞かれることで、聞かれるというよりも報告されることが多い。
「イカを捌いていたら中から魚が丸ごと出てきて驚いたよ。イカって魚を丸呑みにするんだね~すごい!」というような具合。
イカについての話はだいたいなんでも嬉しいものだ。しかし、楽しい発見を共有してくれたところに水を差すのは本当に心苦しいのだが、
イカは魚を丸呑みしません(できません)。
はい、今日はこれだけ覚えて帰ってください。
でも実際イカを開いたら魚がいるときあるよね?と仰る皆さん。斯くいう私も出会ったことがある。イカの中に魚がいることは確かにある。でもそれはイカが魚を丸呑みしていることとイコールではないのだ。
魚はどこに入っているか
魚を丸呑みしたのなら、当然、魚は消化器官の中に入っているはずだ。しかしよく見てほしい。イカの胃と魚の位置は下図の通りである。
全然胃に入っていない。確かに「体」の中に入っているが、それはイカの体が筒状になっているからである。イカの体は、外套膜(普段我々が食べているところ)という筒状の筋肉に覆われているのだが、内臓と外套膜の間には外套腔と呼ばれる空間がある。
外套腔に新鮮な海水を取り込みエラに触れさせることで呼吸をし、取り込んだ海水を漏斗という筒状の器官から勢いよく噴出することで推進力を得ている。
この外套腔という微妙な空間はイカにとって非常に重要なものなのだ。
大事な隙間にちょっとお邪魔したのがこの魚たちというわけ。恐らくは漁で混獲された際に入り込んだのだろう。
頭の中を食べ物が通る?
でもそれはたまたま外套腔に入っていたパターンであって、胃の中に入っていることもあるのではないか、という突っ込みが入りそうだ。しかし、これもまた否定できる。なぜならそれは物理的に不可能だからである。
イカの消化器、すなわち食べ物の通り道を見てみよう。これはイカの口から肛門までを一つながりで取り出したものである。これ結構大変なんだよ。
各部位の名称を付加したものがこちら。右側の口球から食べ物が入り、食道を通って胃で折り返して肛門から出てくるわけだ。しかしよく見てほしい。口、小さすぎない? そして食道、細すぎない? これで魚を丸呑みするのは無理というものである。
なぜこんなに食道が細いかというと、極端に細い部分を一度通らなければならないからだ。それは脳である。イカの眼と眼の間にはドーナツ状の脳があり、その中心を食道が貫いているのだ! 関係ないが、私はこの構造が大好きだ
イカは自分の体長と変わらない大きさの魚さえも餌にするから、それを丸呑みしようとしたら脳に傷がついてしまう。
胃の中身を見てみよう
そんな大きな魚を餌にするのに、丸呑みではなくどうやって食べているのか。胃を開いてみると、魚なのか何なのかよくわからないすりつぶされたような物体が出てくる。100匹以上イカを解剖してきたが、どのイカもこんな感じか、すっからかんか、水が大量に入っているかのいずれかである。
※2024/02/04 追記 アオリイカなど大きなイカの場合、5mm以上の欠片が胃に入っている場合もあるというお話を聞いた。そこから魚種をある程度絞れるらしい!
実は、これは胃の消化液で溶かされたからこんな姿なのではない。もっと前の段階からこの状態なのである。そうでなければあの細い食道を通れない。
イカの口はクチバシとおろし金
胃よりも食道よりも前、となると口ということになる。我々もそうであるように、最初の消化器官は口だ。歯で噛み砕きすり潰した食べ物を唾液で消化する。
イカの口はこんな感じ。人間より全然強そう。
各部位の名称をあてたものがこちら。
イカはカラストンビとも呼ばれるクチバシ状の顎を持っていて、これで獲物を小さく噛み千切る。更に中央に見える歯舌と呼ばれる細かな歯が付いた舌で餌を削り取る。それを唾液を混ぜ合わせて流動食のようにして、食道に送り込むのである。
結論
これで、最初に書いた通りイカは魚を丸呑みしないし、したくてもできないということがお分かりいただけたかと思う。外套膜の中にいた魚は、漁の際に同じ網で獲れたものが偶然入り込んでしまったのだろう。
今後イカの中に入り込んだ魚を見たら、ぜひよく観察してみてほしい。おしまい。