春はホタルイカモドキで目を覚ませ(長い食レポ)

外へ出掛けると鼻水が止まらなくなってきた。春だ。春を告げるイカといえば、私にとってはホタルイカである。富山湾で生きたホタルイカを掬ったその日から、彼らの虜になってしまった。赤銅色に輝く体を膨らませて泳ぐ姿は、さながら生きた宝石だ。

f:id:maicos555:20210314144245j:plain ▲青白く光るところばかり取り上げられがちだけれど、光らなくても美しいんですよ

そして何より、美味しい。多くの人にとって、ホタルイカの価値はこれに尽きるだろう。ちょうど一口で丸ごと食べられるサイズ、濃厚な肝の旨味に卵の風味。食べられるためにわざわざ深海から浮上してくるわけではないはずだが、ヒトにとっても、沿岸に棲む動物にとってもありがたい春の幸である。

f:id:maicos555:20210314145425j:plain ▲ぷっくりと小豆色に茹ったホタルイカで一献傾けるのが毎春の楽しみ

気になるあの子は謎めいて

そんなホタルイカを愛してやまない私であるが、このごろ少し浮気心が出てきてしまった。その生き物の名は、ホタルイカモドキという。本命に手が届かないからと、面影が似ている手ごろな相手で手を打つというのは人間でもよくあることだが、今回はそういう話ではない。なんならホタルイカモドキはホタルイカよりも出会うのが難しいイカなのである。

ホタルイカモドキはその名の通りホタルイカに似ている光るイカで、生息域がホタルイカと被っている。そのため、ホタルイカだと思って掬ってみたらホタルイカモドキだったという出会い方で、地元の人にはある程度知られた存在のようだ。しかし重要な食用種として研究され情報が豊富なホタルイカとは対照的に、ホタルイカモドキの情報は驚くほど少ない。

f:id:maicos555:20210306162426j:plain ▲左3匹がホタルイカモドキ、右2匹がホタルイカ。似ているといえば似ている

一冊丸ごとホタルイカの本がある一方、ホタルイカモドキはホタルイカの仲間として数行記載がある程度。図鑑にも生息深度すら書いていないし、交接・産卵期は夏~秋っぽいと小耳に挟んだが、ではなぜホタルイカと同じ春に接岸するのかわからない(ホタルイカは産卵期に接岸する)。本当は解明されているのかもしれないが、私のような素人までは情報が届いていない。生きて泳ぐ姿だって、私はまだ見たことがない。謎や未知って、心をくすぐるじゃないですか。

ホタルイカ「モドキ」という少し屈辱的な名前もいい。そもそも世界的に見れば先に見つかったのはホタルイカモドキ(に似た種)であり、実際ホタルイカは「ホタルイカモドキ科」だ。にもかかわらず、「モドキ」という響きのせいでホタルイカのおまけのようなイメージがある。こういうちょっと報われない立ち位置、応援したくなってしまう。

そしてやっぱり味が気になる。ホタルイカと混獲されるが、選別ではじかれて我々の食卓へあがることはないホタルイカモドキ。ホタルイカより味が劣るという噂は聞くが、具体的にどう美味しくないのか不明だし、SNSで調べてみると肝が大きくて好きだと言っている人もいる。もしかしたらやりようによってはホタルイカに並ぶ、いや超える食材になりうるのではないか。自分の舌で確かめて、この日陰者にスポットライトを当ててやりたい。

解剖の誘惑に勝てず

という1000文字分の思いを込めてひとこと、「ホタルイカモドキが気になっているんですよ」と昨年こぼしたところ、ざざむしさん天おじが、色々と情報を教えてくださるようになった。そしてとうとう待望の今シーズン、コロナ禍で自ら出向くことは叶わなかったが、ざざむしさんが採集したてのホタルイカモドキを3匹送ってくださったのである。

f:id:maicos555:20210221153557j:plain ▲届いたときは嬉しくて、宅配の人を抱きしめたいくらいだった

比較用にとホタルイカも一緒に送ってくださった心配りに頭が上がらないと思っていたら、そのうち1匹はオスじゃないですか!(ホタルイカのオスは交接後にすぐ死んでしまうので、岸で捕れることは珍しい)まあそのへんのあれこれはこちらにまとめてあるので興味ある方はどうぞ。興味ある人しか読まないか、こんなものは。

anatomio-de-kalmaro.hatenablog.com

ホタルイカモドキもホタルイカもピッカピカの超鮮度。濡らしたキッチンペーパーを敷いて一匹ずつそっと並べてくださるという丁寧な扱いのおかげで乾くこともなく、まだ色素胞がうごめいていた。小さなイカはこうやって輸送するといいんだな。勉強になります。

f:id:maicos555:20210321154436j:plain ▲目の上のまろ眉みたいなところが可愛いでしょ(ホタルイカにもある)

さっそくフンフンと鼻息荒く解剖したわけだが、はい、やってしまいました。3匹全部解剖しちゃった☆ ホタルイカとの食べ比べ用に、一匹は完全な状態で取っておこうと思っていたのに。解剖の悦びの前では、理性はまったく無力だ。(いやね、1匹開けてみたら雌雄がはっきりしなかったんですよ。3匹とも交接腕が確認できないからおそらくメスだろうとは思ったけれど、はじめての種類だから交接腕の見落としかもしれないし。1匹目より明確に小さい2匹目で差異が出るかと開けたがやはり若すぎる。3匹目はそもそも交接腕にあたる右Ⅳ腕の先端が欠損していて開かないと性別が確認できな以下略)

でもまあ、おかげでたっぷりと解剖・観察できたのは収穫だった。解剖したって食べるには食べられるし。見どころ満載のホタルイカモドキの体についてはこちらにまとめてある。

anatomio-de-kalmaro.hatenablog.com

この解剖で見つけたある部位が、この後の味見で非常に重要なポイントとなるとは、この時は露ほども思わなかった。

ホタルイカモドキは薄味(一部を除く)

タイトルで「食レポ」と言っておきながら、前置きが長くなってしまった。

先ほどは気持ちが昂って、つい「ホタルイカを超える食材になるかも」なんて口走ったけれど、正直さほど味に期待はしていなかった。獲れるのに食べない、というのはだいたい何か理由があるからである。足がはやい、まとまった数が確保できない、そして、わざわざ食べるほど美味しくない、など。

ホタルイカモドキはどうだろう。たくさん獲れるホタルイカが十分美味しいのだから、そこまで数も獲れず味も落ちる(と言われている)モドキをわざわざ食べる理由がない、というとことではないかと予想する。でもさーでもさー、自分で食べてみないと納得できないじゃん?

というわけで、鮮度が落ちないうちに食べてしまおう。生だと寄生虫の心配がある(ホタルイカの内臓には旋尾線虫という寄生虫がいるので、ホタルイカモドキにもいるかもしれない)ため、3%程の塩水で2分ほど茹でてみた。ホタルイカの釜揚げを作るときと同じ要領だ。

f:id:maicos555:20210308115753j:plain ▲茹で上がりの色はホタルイカと同じ

胴と腕が泣き別れになってしまっている3匹がホタルイカモドキ、五体満足でプリッと膨らんでいる1匹がホタルイカである。

まずは立派な腕から行ってみよう。

f:id:maicos555:20210308120046j:plain ▲くるっと丸まった様子はなかなか美味しそうである

ホタルイカと比べると、かなり存在感のある腕。皮は弱いのか、剥がれてしまっている。茹でたことにより、第Ⅲ腕の泳膜が色づいて美しい。

f:id:maicos555:20210308115845j:plain ▲茹でても大きな鉤は健在

ひと口でパクリといってみると、あら普通に美味しいじゃないですか。臭みもなく、いわゆるイカの味である。10本の腕がそれぞれプリプリと主張してきて食感も申し分ない。触腕の先の鉤が舌にざらりと当たるが、煮干しを頭から食べられる人であれば気にならないだろう。

すっかり気を良くして、外套膜とヒレを一度に口へ放り込む。(このとき、実はある部位を残して食べている)

f:id:maicos555:20210308115902j:plain ▲頭から切り離すとこんなに胴が縮んでしまうとは。ヒレは大きさを保ったままだ

うーん、身は薄く水っぽい。腕のように楽しい食感もないので、わざわざこれだけ食べたいものではない。心なしか薄い苦みがあるような気もするし。

ま、この辺りは想定内だ。ホタルイカだって肝が主役で、胴はそれを包むための袋と言っても過言ではない。本命の肝を食べてみるか。

f:id:maicos555:20210306143822j:plain ▲茹でた肝を撮り忘れたので、生をご覧ください

見た目や食感はホタルイカとそっくりだ。肝心の味のほうは、ホタルイカを思い浮かべて食べると肩透かしを食らう感じ。旨味が薄い。でもホタルイカを知らなければ有り難がって食べるかもしれない。

総合すると、ホタルイカモドキはおおむね薄味のホタルイカと言える。予想通り、特に際立ったところのない微妙な存在だった。ある部位を除いては。

夢が詰まった先っぽ

さて、実はここからが話の本題である。

先刻からもったいをつけている「ある部位」、それは外套膜の先端だ。イカの三角帽子(本当は頭じゃないけど)の先っぽと言えばわかるだろうか。

f:id:maicos555:20210308115948j:plain ▲ここです。写真は茹でたもの

一般に食用になるイカで、この部位が注目されることはあまりないと思う。輪切りにされたイカ飯を取り分けるとき、ここが自分に回ってくると嬉しいくらいのものだろう(私だけか)。

ホタルイカモドキのこの部位が他のイカと違っていることに気づいたのは、解剖中のことだった。解剖時は外套膜の頭側からハサミを入れて、そのままチョキチョキと先端まで切り開いていくのだが、ホタルイカモドキは先端1cmくらいの部分がどうしてもハサミで開けなかったのだ。

f:id:maicos555:20210306143753j:plain ▲これ以上ハサミが進まない

観察すると、外套膜の先端1~2cmには内臓は入っておらず、代わりに透明なナニカが詰まっている。柔軟性はあまりなく、固い寒天という感じ。寒天やらゼリーやらそういう類の食べ物が好きな私は、この部分の試食が急に楽しみになった。

しかし私は気づくべきだった。ホタルイカモドキは深海性のイカ・・・つまり、あの成分が含まれている可能性があることを。

裏切りのホタルイカモドキ

そういうわけでこの先っぽに特別な思いを抱いていたので、味見の際に切り取って別にしておいたのだ。腕を食べ、胴を食べ、肝を食べ、最後のお楽しみがこれである。

f:id:maicos555:20210308120104j:plain ▲めちゃめちゃ美味しかったら大発見だ

水分を湛えた先端は、ぷるっぷる。シズル感は満点だ。だいたい、先っぽは美味しいものと決まっているのだ。手羽先だってイチゴだって、そこが旨いんだよ(個人の感想です)。

なんの疑いもなく美味しいと信じて噛みしめた私は、初めて平手打ちを食らった時ぐらいの衝撃を受けた。

f:id:maicos555:20210308120005j:plain ▲皮がむけたところ。同じ絵面ですが何度でもご覧ください

苦いっっっ!!苦さのあまり、視界が歪んだ。本当に、ぐにゃりと。今まで食べたものの中で一番苦いかもしれない。後味を探ると塩辛さ、酸味、えぐみなどが感じ取れたが、苦みの先制パンチが強烈すぎて他が霞む。

食感はしゃくっとしていて、ある程度固さのある液胞が潰れて味が出てくる感じ。ストレートに不味い。ノンレム睡眠中でも、これを口に放り込まれたらすぐさま飛び起きる不味さだ。軽めの拷問とか復讐に使えるかもしれない。噛むたびに眉間のシワが深くなる。「苦虫を噛み潰したような顔」という表現があるが、類語として「ホタルイカモドキの先っぽを噛み潰したような顔」も辞書に載せて欲しい。

もしかして私の舌がおかしいのかと夫にも食べさせてみたが、似たような感想だった。個体差の可能性もあるかなと、他の2匹を食べても同じ。

そういえば、なんかこの味の組み合わせと食感、覚えがあるなあと思ったら、、ダイオウイカの漏斗牽引筋の根元のあたりの硬い部位と似ている!

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▲ダイオウイカの中でも僅かしか取れない希少部位、いうなればシャトーブリアン

特に食感がそっくりだ。少し砂肝のような感じもする歯ざわり。こんな食感はダイオウイカの漏斗牽引筋のなかでもこの部分だけだった。味は、塩辛さが際立っていたダイオウイカに対し、ホタルイカモドキは苦さが抜群、しかし味を構成する要素は同じだ(苦味、塩味、酸味、えぐみ)。

f:id:maicos555:20210308122834j:plain ▲ダイオウイカのシャトーブリアンは、白身魚の刺身に見えます

ダイオウイカは浮力を得るため筋肉中に塩化アンモニウムを大量に含んでおり、それが不味さの元なわけだが、ホタルイカモドキの先端にも同じ成分が入っているのではないか。目の奥を貫かれるような鋭い苦味を除けば、味の方向性は似ている。もしそうなら、ホタルイカモドキなぜ外套膜の先端だけに塩化アンモニウムを蓄えているのか。誰か調べて欲しい。

SNSでホタルイカモドキを食べている人を幾人も見かけたが、誰もそんなことをいっていなかったのも不思議だ。丸ごと食べると苦味が中和されるのかもしれない。普通は先端だけを食べたりしないものね。あるいは何か限定的な条件(鮮度や調理法)でしか、この苦味は表れないのかもしれない。来年は自分で捕りにいって、丸ごと茹でて味を確かめたいね。

ホタルイカのバーター的立ち位置だと思っていたホタルイカモドキが、ダイオウイカにも負けない(味の)個性を持ったイカだと知ることができて満足だ。

最後は、堀口和重さんが撮ったホタルイカモドキ科の美しい生前の姿でお別れです。ごきげんよう。

diver-online.com