先日、富山湾で捕まえてきたホタルイカ。 なかなかこんな機会はないだろうから、解剖用に生のまま持ち帰らせてもらった。なんでも中を開いて確認してみたくなる性なのよ。
以下、イカオタクの独り言。自分用メモになります。
外側を観察
本当はオス・メス各2匹ずつ持ち帰るつもりだったが、寝ぼけていたのか改めてみたらすべてメスだった。無念。交接腕(オスだけにある特別な腕)、観察したかったよ・・・。
駄々をこねても仕方がないので、はりきってメスを解剖していくぞ。 まずは外観を観察。生きているときのような透明感、赤い色合いは薄くなって全体的に濁った白色になってきている。目立つのはやっぱり大きな目。体に対して目の割合が高いから可愛らしく見えるんだな。キュートだ、ホタルイカ。
▲背側の様子
▲腹側の様子
背側に比べて腹側は色素胞が少ないように見える。あと、漏斗がありますな。
腕を観察
イカの「足」なのか「腕」なのか問題はよく聞かれるんだけど、図鑑などでの正式な表記では「腕」になっている。テクテク歩く「足」的な使い方より、モノを掴んだりする「腕」的な使い方をするからこういう呼び方をするそうだ。
▲図鑑っぽい絵面になった
背側から順に第1~4腕が左右に8本、第3腕と第4腕の間から特別な腕、触腕が左右に2本で計10本の腕を持っている。一般的なイカの腕の付き方ですね。
第1~4腕には泳膜という振袖みたいな膜がついていて、それで泳ぐときのバランスを取っているそうだ。
▲第3腕の泳膜。こんな小さなものでバランスとるのか
同じく第1~4腕に鉤がついているというので拡大してみた。とても小さいけれど確かについてる。吸盤にも歯がついているはずなんだけど、それは小さすぎて観察できなかった。こういうのを前情報なしでじっくり観察したら色んなものを発見できて楽しいだろうな。
▲ミクロな鉤
特別な腕、触腕を見てみよう。獲物を捕らえる腕だけあって、少し大きめの鉤が2つついている。格好いいね。他のホタルイカの仲間との見分けにも使われる部分。触腕は他にも色々観察しどころがあるんだけど、私のカメラではこれが限界だ。
▲先は吸盤になっている
発光器を観察
次はホタルイカが「ホタル」イカである所以、発光する部位についてみていこう。実は3種類も発光器を持っているんだって知ってましたか。
・腕発光器 ・皮膚発光器 ・眼発光器
それぞれ観察していきましょう。
腕発光器
腕発光器は左右の第4腕の先端に、それぞれ3つずつついている。 3種類の発光器のうち、この腕発光器の光が一番強くはっきりしている。敵に襲われたときにこいつを発光させてその光の残像で敵の目をくらまし、素早く光を消して自分の居場所を分からなくして逃げるらしい。
ホタルイカをすくった時も、この腕を思い切り振りまわして先端を光らせていた。人間から見ると本当に小さな光で、ほんとにこんなもので敵の目をくらませられるのかと心配だが、人間サイズに置き換えると目の前でいきなりサイリウムを持ってオタ芸を踊られたくらいの衝撃があるのかもしれない。そりゃビビるね。
▲黒いゴミではないですよ。発光器です
この腕発光器、拡大してよく見るとわかるが、中の薄黄色っぽい発光体の周りを黒い色素胞が覆っているのだ。発光させたいときはこの黒い色素胞をきゅっと縮めて中の光る発光体を見せて光らせ、敵の前から逃げる時にはこの色素胞で素早く光を覆って消すというわけだ。シャッター付きの発光器、匠の技だよ。ねぇ、すごい。
▲楕円型の発光体のまわりを黒い色素胞が覆っているのがわかるね。ドキドキするでしょ
皮膚発光器
ホタルイカの発光と言えばこちらの印象が強いかもしれない、皮膚発光器。 実は体全体が光るわけではないんだな。ホタルイカの皮膚(体)が光る理由を考えればそれがわかる。海に棲むホタルイカを下から見た場合、太陽の光でホタルイカの影が出来て目立ってしまう。このままでは敵に見つかってしまうので、その影を消すようにホタルイカは「腹側」を光らせて自らの影を消してしまうのだ。アメージング!これをカウンターシェーディングという。テストに出ますよ。
上から見たときは普通に日の光が当たるだけなので光る必要はない。つまりホタルイカの発光器は腹側だけにある。そして日差しがある昼しか光らないのだ。
▲皮膚発光器が光っているときのイメージ
ホタルイカ捕りの時にこの腹側が光っていなかったのは、捕ったのが夜だからだね。いつかこれが発光しているところを見たいな。ホタルイカミュージアムの発光ショーではこれがみられるんだろうか。
話がそれたが、これがその腹側。
▲この大きさではよくわからないが・・・
▲拡大すると、色素胞のほかに発光器がちりばめられているのが分かる
更にきれいに拡大できれば、水色、青色、黄緑色のそれぞれ色が違う発光器が確認できるらしいが、私の装備では難しかった。無念。顕微鏡買おうかな。
発光器に色があるということはそれが発する光も別の色になるわけだ。実際ホタルイカは水温が低いところ(深いところ)にいる時は青、水温が高いところ(浅いところ)では黄緑の色を出し分けているらしい。これは海に差し込む光の色が深さによって変わるのに合わせているんだって。生き物のこういう仕組みって、知れば知るほど本当に唸るしかない。
でも、日の光の強さと自分の出す光の強さが違っていたら、結局影になるか光りすぎちゃって敵から見つかっちゃうよね。もちろん、ホタルイカはこれに対するアンサーも持っている。
まず、背側(日の光を浴びる方)の目と目の間に2つ、色素胞がない窓みたいなエリアがある。この下に光を感じるセンサーがあって、日の光が今どれくらいかな~ってのをモニターしているわけだ。
▲矢印の先の窓みたいな白い部分に光センサーがある
そして、今度は腹側の漏斗の裏側にも同じように光を感じる受容器があるんだけど、これは何を感じているかと言うと、自分の漏斗の裏側の発光器の明るさを感知しているわけ。これで自分がどれだけ光っているのかが分かるから、背側で感じた日の明るさと、腹側で感じている自分自身の明るさを合わせるように調整しているんだって。恐るべしホタルイカですよ。感嘆するっきゃない、この仕組み。
▲腹側の漏斗をペロっとめくったところ
人間の体にもこういう感じでいろんなびっくりどっきり機構が搭載されているんだろうけど、知らずに当たり前のように暮らしているよね。ホタルイカにとってもこんなことは普通なんだろうな。すごいことだ。
眼発光器
3種類目は眼発光器。眼を腹側からみると5つの丸くて白い発光器が確認できる。皮膚で覆われていて見づらいので切開してみた。
▲選ばれしものの紋章っぽくてちょっと格好いい
両端の2つが少し大きくて、真ん中の3つは小さめ。この発光器はなぜか生きて泳いでいるときに光っているところを観測されたことがないという謎の発光器。目玉を取り出すと光るらしいと聞いて、取り出して部屋の灯りを消してみたんだけどよくわからなかった。死んでから時間がたちすぎていたのかな。
この発光器がどんな働きをしているのかも未だ不明らしい。ホタルイカがまだ小さい頃に自分の目の影を消すために使っているのではないか、という説もあるけれど真偽のほどは不明。ここぞという時にシン・ゴジラのビームみたいなのが出たら格好いいのにな。
内臓を観察
ホタルイカの最大の特徴である発光器の観察が終わったら、いよいよ解剖らしく中を開いていきましょうかね。腹側を上に向けて外套膜の真ん中を縦にちょきちょき。
まず目に飛び込んでくるのは大きな卵巣だ。産卵の時期に接岸してくるので、解剖した4匹中4匹とも卵巣が内臓の大半を占めていた。ただ、成熟具合はさまざまで、まだ若そうなのは卵巣が白く卵の形があまりはっきりしていない。より成熟していると思われるものは卵巣が飴色で卵の粒がはっきり確認できた。
▲やや若めの個体と思われるもの。肝臓に沿って直腸と墨汁嚢があり、その先に胃が見える
▲卵の粒がはっきりしている個体。消化器官まで卵に覆われて見づらい
上の個体だとわかりやすいのだが、卵巣の隣に輸卵管腺という乳白色の臓器がある。これは産卵の時に卵を守るゼリー状の物質を分泌する器官だ。ホタルイカはここから出るゼリーで卵を包みつつ、数珠つなぎのように連なった卵を漏斗から産むという。産卵の様子、見てみたいなぁ。
▲産まれるはずだった卵。ごめんよ。
そして首根っこ(胴と頭の境目)にはオスから打ち込まれた精莢(せいきょう)が。この精莢をメスに渡すときの体位や、卵と精子がどうやって受精するのがは未だ分かってないんだって。こんなに身近に食べているホタルイカでさえ分からないことがまだあるんだから、世の中分からないことだらけだな。
▲この精子塊は私が見た個体ではすべて左右対称についてた
卵巣などを取り除いて、くるっとひっくり返して背側を上にする。大きな肝臓が美味しそうだ。その真ん中に細い食道が通っている。食道の先には胃があったのだけどプチっと取れてしまった。心臓とかエラとかその辺は色が薄すぎたのもあって写真に写らなかったので今回は省略。
▲漏斗牽引筋は漏斗を自在に動かすための筋肉。イカは筋肉質
食道を観察できたから、そのつながりで口を見てみよう。イカの口と言うのは腕の付け根にある。赤褐色の囲口膜の真ん中からカラストンビという鋭いくちばしがチラ見えしてる。ところで囲口膜って何のためにあるんだろう。教えて、詳しい人。
口球をズルっとひきずりだしてみた。口球というのはカラストンビの周りを覆っている筋肉。よく「イカのくち」という珍味として売ってるやつだ。ホタルイカの口球で作ったらすごいコストになるな。
カラストンビを取り出してきれいに洗った。 イカをさばく時、つい取り出してしまうんだよこれ。格好いいじゃない。これが上下噛み合わさって獲物を引きちぎって食べるのだ。イカの口は腕の中にあるから食事風景は外からあまり観察できないけど。隠しながら食べるなんておしとやかね。
ちょっと端折ったところもあるけれど、これで一通り、解剖はおしまい。
反省など
まず、持ち帰るときにオスをちゃんと選別できなかったのが痛かった。オスの生殖器など色々観察したかったんだよね。そして接写ができるカメラを駆使しても細かいところの観察は難しかった。ルーペは買ったのだが小さすぎて使い勝手が悪く、細かいところが観察できないままに。
内臓などは水に浸したほうが細部をよく見られたかもしれない。とにかくすべてが小さくて、壊れないように解剖するのが精いっぱいだった。
課題は残ったものの、初めてのホタルイカの解剖ができて満足だ。イカ全体を愛してはいるけれど、やっぱり自分で捕ったり解剖したイカは一層愛着が湧いちゃうね。