8月の話。(筆が遅い
「このごろマルイカ釣りにハマっているんですよ」 釣りの先輩達がそういうのを聞いて、はて、マルイカなんてイカがいたかしらん、と調べてみると関東の釣り人の間ではケンサキイカの小さいのをマルイカと呼ぶらしい。
イカ釣りチャレンジを目標に掲げた身としては、このイカも必ず釣っておきたい。 釣りの先輩に相談をすると「1杯は釣れると思うよ」とのこと。なるほどそういうレベルか。私のような初心者では釣れるか釣れないか、というところらしい。
しかしそう言われてヤル気が削がれるような私ではない。「なにか(外道でも)釣れたら御の字ですね」と口では言っておきながら、心のうちでは「必ず釣ってみせる!」と鼻息を荒くして準備に取り掛かったのであった。
マルイカ釣りへ出発
当日は午前3時半起き。 寝坊を恐れるあまり、寝坊する夢を見て飛び起きた。これが私のお盆休み始まり。
お世話になったのは葉山の五エム丸だ。 出船を待つ間に、熱々の味噌汁(出汁が濃い!)を出してくださったのが嬉しかった。 コンビニおにぎりを頬張って、いざ出船。
乗り合いのはずが、なんと乗客は先輩方と私の3名のみ。贅沢な仕立て船になってしまった。 ちょうどカツオ・マグロの季節が到来し、もうみんなの心はマルイカから離れてしまったらしい。 これは逆にチャンスだ。広々と船を使えるのでオマツリ(同じ船の人と糸が絡んでしまうこと)の心配も少ない。 のびのび釣れてラッキーだな。
マルイカ釣りの仕掛け
船で移動している間に仕掛けの準備だ。 マルイカの仕掛けはスッテと呼ばれる小魚を模した疑似餌を使う。
写真の通り、様々な色が用意されている。 この配色の違いでスッテをコレクションする人がいるくらい、色は人間にとっては重要な要素。 しかしながら、実は一部の種※を除いてイカには色覚がないと言われている(※ホタルイカは一部の色を見分けることができるらしい)。
それでも釣り人や釣り情報誌などの間では「こういう時にはこの色が釣れる」「今日は何色がキテる」などのウワサが絶えない。そういった情報の一部はきっと、いろんなカラーを買わせたいメーカー側の思惑からくるものだろうけれど、それだけとはなんとなく信じられない自分がいる。人間のような色の見え方はしていないにせよ、イカも色の濃淡、光の反射具合、質感などの微妙な違いは見分けているのではないか。視力自体は良いはずなのだ。
というようなことを思い巡らせながら新橋の上州屋で一つ一つ選んだのがこの7つのスッテである。 初めてなのでなるべく多様な配色を入れつつ、近頃ミドリ系がキテるというウワサを反映させてみた。イカ、気に入ってくれるかなぁ。
こいつを同じく上州屋で購入したマルイカ用の仕掛けに取り付けていくのだが、この仕掛けが非常に長い。 スッテとスッテの間が1m以上あり、それを5つ縦に並べて付けた上に最後におもりを取り付けるので、全長6m以上になる。この長さが初心者には少し難しいと言われる理由の一つだろう。
この長い仕掛けを取りまわすのに活躍するのが投入器。写真の右に写っている、灰色の筒を横につなげたものがそれである。
この筒1つにつき1つのスッテを順番にいれておくと、仕掛け投入時に糸が絡むことなくスムーズに出ていくという仕組みなのだそうだ。誰が考えたんだろう、賢いね。
さぁ、船が止まって船長の合図、仕掛けを投入だ!
こんなに長い仕掛け、絡むんじゃないかとヒヤヒヤだったが、すんなり海中へ消えていった。 底へ着いたら、タタキを入れて誘い、ぴたりと止めてイカが乗ってくるのを待つ。・・・らしいと釣り雑誌と動画で予習したものの、全然思うように腕が動かない。 まず、タタキという動作が実際やってみるとうまくできないもので、無茶苦茶に竿を縦に振ったりしていたら、グィッ、ビクビクーッ!と何かがかかった。 これは私でもイカじゃないとわかるよ。あげてみたらサバであった。さようなら、リリース。
このサバ以外は私にはアタリもなく、船は群れを追ってさっさと移動。 仕掛けを落として、手探りで誘っているとあっという間に仕掛けをしまうように指示される。多分群れの移動が速いんだろうな。仕掛けが長い上になんだか深くて(80mくらいのときもあった)、取り込むだけで私はてんやわんやである。
マルイカのアタリは繊細
3回の移動を経て、私も仕掛けの扱い方がわかってきたぞ。 気づけば先輩方は既にマルイカを釣っている。自分のことで手いっぱいで左右の様子を全然見ていなかった。
とかなんとか言っていたら、なんだか竿が重い。 海のうねりのせいなのか、それともイカがいるのか、自信を持って言えないけれどなんだか先ほどまでより重い気がする。頭上に大きなハテナマークをつけたまま、クルクルと糸を巻いていく。
私の握力がないせいなのか(利き腕で18kg)、一定以上の重さがかかると全部同じにしか感じられないのである。しかもおもりは70-80mも下のうねる海のなか。小さなマルイカの繊細なアタリを取るのはとても難しく感じた。
これははたしてイカなのか・・?
そう、釣れてしまったのである。 人生初マルイカ! こんなに早く釣れるとは思っていなかった。 心が全然追いついていない。なにせツツイカ目をこの手で釣ったのは初めてなのである。
釣ったばかりのこの透けた身体の美しさ、伝わるだろうか? 指先にくっつく吸盤の感触に思わず笑みがこぼれてしまう。イカは吸盤にギザギザの歯がついていてちょっと痛いんだけれど、マルイカは小さいのでちょっとこそばゆい程度。かわいいやつめ。
バケツに入れると、ひゅっひゅっと胴の先を水面に出して逃げようとする。 あっという間に色が変わって、赤い縞模様に。ぽってりした足が愛らしい。 マルイカさん、どうもはじめまして。釣ってしまってごめんなさいね。
イカの体色は、皮膚内の色素の粒(色素胞)が層になって重なり合い、大きくなったり小さくなったりすることで様々に変化する。褐色、赤、黄などに加えて虹色素胞というもの存在し、メタリックに輝くような体色を表現しているとWeb記事では読んでたけれど、生きたイカでじっくり観察するのは初めて。これが!あの虹色素胞!
イカという宇宙の中に無数の星々(色素胞)があるとしたら、虹色素胞はさながら星雲といったところか。見つめていると吸い込まれそう。
水から引き揚げてしばらく置いておたら、今度は真っ赤になっていた。 コロリとしたフォルムをみて頬擦りしたくなったが、ぬるぬるしているのでやめておく。 よく見ると片側のエンペラはほぼ完全に透明じゃないか。器用なことをするものだ。
チャンスタイム突入!
興奮したのもつかの間、その後しばらくアタリなし。 といっても暇なわけではなく、仕掛けを投入器にセットしたり、絡まないように引き上げたり、バケツの中のイカを観察したりの繰り返しで忙しい。 この日のマルイカは少し深いところにいたので、手動で糸を巻き上げる手が次第に言うことを聞かなくなってきた。
時計は午前9時を回り、もう今日はこのまま1杯でおしまいかもと弱気になっていたところ、ググッと竿に違和感。 今度は分かる!これは絶対にイカ!最初に釣った時より重いような気がするのは疲労のためだろうか?
船長に見つめられながら仕掛けを引き上げると、嬉しい驚きが。
なんと2点掛けしていた。重いわけだわ。 えっへっへと変な笑いが出てしまう。船長にパシャリと撮られてイイ気分。 心の中でこっそり決めていた最低ライン、3杯をクリアしてしまった。
さて、ここからチャンスタイムがスタート、両脇の先輩2人は次から次へと絶え間なく釣っている。 私も負けじと素早く仕掛けを投入するが、なかなか先輩のようにはいかない。 なんとなくイカが触っているような感じがするのだがうまくアワセられず、釣り上げられない。 ノッた、と思っても巻き上げている途中でバレてしまったり。急にふわりと軽くなる竿先が悲しい。
あがってきたスッテには吸盤や墨がついているので、イカが私のスッテにちょっかいをかけてることは確実だ。くそー、どうして釣れないんだ。
見かねた船長が教えにきてくれた。
タタキで誘ったら数秒ピタリと動き止めてアタリを見る、そこで竿先にアタリ出たらもちろんアワセるし、無くても空アワセする。 そう言いながら実演をしてくれたのだが、これが見事。竿先にちゃんとアタリがでるのだ。グッとアワセるとちゃんとイカがノッている(その状態で竿をパスしてもらった。優しいね)。
私はどうも焦りすぎていたらしい。 しっかり止めてアタリを見る、というのを繰り返しているうちに何度かはちゃんとアタリが分かるようになった。 先輩方からも、最初に仕掛けを下した時にノッてくることが多いので気を使う、巻き上げのスピードをもっとゆっくり一定に、など色々アドバイスをもらい、順調に釣果がUP。
無心で釣り続け、モッタリとしたイカの重さを感じると幸せ物質が脳からワワワ~。楽しい。釣れてくると眠気も疲労もきれいさっぱりどこかへいってしまう。 何度もバラしたけれど、もう一度2点掛けもして釣果は大満足の10杯。初めてでこれだけ釣れたら十分でしょう。
初めてにしては仕掛けの取り回しがとても上手だね!と褒められて誇らしい。先輩方は30杯近く釣っていて流石であった。こんな楽しさを味わってしまったらやめられない。来年も必ず来ることを誓った。
マルイカ料理
釣りの後はもう一つのお楽しみ、マルイカ料理。 数時間前まで愛でていたイカも、バットの上に乗ると途端に食材に見えてくるから不思議だ。
まずは刺身。 白水晶のようなちょっと鉱物っぽさのある見た目。上品な甘みに適度な歯ごたえ。うぉぉ高級イカだ。 小さくてさばくのがやや面倒だけれど、釣って良かったぁ。
続いてバター醤油炒め。 食べ慣れているスルメイカとは違って身がとても柔らかい。サクッというか。そしてやっぱり品が良い。
さばいている途中に阿呆なことを思いついてしまった。 この小さなイカの更に小さな口を集めて串焼きにしてはどうか。釣りの後でハイになっていたのだろうか。口の中にあるくちばしを取り出す作業は非常に困難だったが、意地になり10杯分やり遂げた。
味はとても美味しかった。さすがによく使う部分だけあって強い弾力があり、噛みしめるほどうまみが広がる。強めに振った塩がビールをどんどん進める。 しかし、やばり小さい。
一夜干しも作ってみた。 塩水にくぐらせてキッチンペーパーで水気を取ったイカの胴を冷蔵庫で寝かしただけ。
軽く焼いていただく。皮を取ったせいか、いわゆるイカの風味と言うのは薄くてとてもアッサリ、しかし甘みが凝縮した仕上がりに。 少しだけ七味を振ったけれど、繊細さを味わうならなくてもいいかも。こちらもグニグニした弾力はなくサクッとした歯ざわり。
釣るところから食べるところまで、マルイカを満喫したお盆休みだった。 冷凍庫に残した数枚を食べるのと、来年のシーズン到来が早くも楽しみだ。