空を飛び光るイカ、トビイカを解剖して食べてみた

トビイカがうちに来る

ある日突然、XのDMに「トビイカ要りませんか(要約)」というメッセージが届いた。トビイカといえば、その名の通り空飛ぶイカである。そんなの解剖したいに決まってる!

このありがたいメッセージをくださったのは写真家の岡野さん。主に海の生き物を撮影されている方で、トビイカの飛行も撮影されている。

トビイカの飛行というのは簡単に撮れるものではなく、船で長距離を何往復もしてやっと撮れるものだそうだ。こんなに素晴らしいトビイカの飛行写真を撮れるのは世界でも岡野さん含めそんなに多くないのではないか。学術機関にも協力しているすごい人である。

この度は沖縄知念漁協で水揚げされたトビイカをお裾分けしてくださるという。ちなみにこの時点で岡野さんと私はXで相互フォローだったが、会話したことなし。それなのに「イカを解剖してる人いたな」と私を思い出してくださったとのこと。ありがたい。張り切って岡野さんといか連合の仲間を自宅にお呼びして、トビイカ観察&試食会をすることにした。

トビイカとは

トビイカを我が家へ迎え入れる前に、軽くおさらい。
インド・太平洋の熱帯から亜熱帯にかけて分布するイカで、アカイカ科というスルメイカと同じ科に属しており、なんとなく姿が似ている。その名の通り空を飛ぶ(滑空する)というのが大きな特徴である。30mくらい飛ぶというから大したものである。更には背中側に発光器を持っており、光ることもできる。南城市奥武島など沖縄の一部では食べられているが、全国的にはほぼ流通していない。

解剖して観察してみる

岡野さんは、大きなクーラーボックスに目一杯トビイカを詰めて持ってきてくださった。しかも肩掛け。遠いところ重い荷物をありがとうございます。とにもかくにもまずは解剖ということで、家に着くなり挨拶もそこそこにトビイカを取り出した。素晴らしいイカ臭。1人2匹ずつ解剖してみることに。

ずんぐりむっり筋肉質な全身

トビイカの背中側
トビイカの腹側

体色は赤褐色。先ほどスルメイカと姿が似ていると言ったが、よく見たら全然違った。何だかずんぐりむっくりしている。胴も腕も太く短い。外套膜(いわゆる「身」の部分)のハリがすごい。生なのに調理済みのイカ飯くらいプリッとしている。イカは外套膜を収縮させて漏斗という筒状の器官からから海水を勢いよく出すことで海中を進む。トビイカは更にその勢いで海面に出なければならないので、より筋肉質なのかもしれない。空中で姿勢を安定させるためというのもあるのかも。

漏斗はぴったり収納

漏斗溝にぴったり収まる漏斗

先ほど出てきた「漏斗」はイカの腹側にある筒状の器官。トビイカの漏斗のカタチや大きさはスルメイカと同じくらい。漏斗を収める漏斗溝は深いV字型で、V字の先端のあたりに縦にヒダがある。飛ぶときは漏斗から勢いよく海水を吹き出すが、それ以外の時は抵抗になって邪魔なのでぴったり収納できるようになっているのだろう。ちなみに水面から飛び出すときは抵抗を極限まで減らすためにヒレを胴体に巻き付けるらしい。

漏斗溝の縦ヒダ

腕は飛ぶための装置

トビイカの飛び方は「飛び出し」「噴射」「滑空」「着水」の4段階に分かれていると言われているが、その中でも「滑空」時に大きな役割を果たすのが腕だ。滑空するための”翼”を、腕と保護膜で作るのである。

岡野さんは特にこの腕の観察に時間をかけており、「うーんうーん」と何やら唸っている。「実際に飛んでいるときの腕の状態を再現しようとしているんですが、腕が固くて捻じれないんですよね。あと、保護膜がどこにも見当たらない」  トビイカは滑空時、単純に腕を広げているわけではなく、腕を捻じったり腕と腕の間の保護膜を広げたりして翼を作っているそうなのだが、それを再現できないと言っているわけである。

腕を捻じるポーズはともかく、保護膜が見当たらないのはどうもおかしい。全員で探したのだが、誰のイカにも保護膜はなかった。ただ、ぼうずコンニャク氏のサイトを見ると第Ⅲ腕にばっちり保護膜が付いているので、漁獲の最中に擦れて欠損してしまったのかもしれない。見たかったなぁ、保護膜。

トビイカの腕

第Ⅲ腕の立派な泳膜

吸盤も観察してみよう。

第Ⅲ腕の凶悪な吸盤(角質環)

触腕の大吸盤の角質環

イカの吸盤の中には「角質環」と呼ばれる歯のついた輪っかが嵌まっているのだが、その歯がスルメイカよりずいぶん鋭い。特に触腕の大きな吸盤についている角質環は、90度ごとに大きくて鋭い歯が付いていて格好いい(写真だとわかりづらいかも)。これなら暴れる大きな餌もがっちり掴めそうだ。

発光器は小判型?

続いて外套膜背側についている発光器を見てみよう。光るイカ好きとしてはたまらん時間である。

トビイカの外套膜背側の発光器

外套膜の頭寄りに黄色い小判状の部分があるのが分かるだろうか。わかんないよね。写真だとわかりづらいのだが、ここに発光器があるんだぞという強い気持ちで見ると見えてくる。

外皮を取り除いた状態の発光器

発光器の表面はザラザラしている

外側の皮を剥いたらわかりやすくなった。が、「小判型の発光器」と思ってみると何だか輪郭が曖昧で、どこがどうやって光るのかよくわからない。更に寄って見ると、発光器の辺りは何だがザラザラしている。先日、胃内視鏡検査で見たばかりの自分の胃壁にそっくりだ。ピロリ菌による鳥肌性胃炎なので除菌しましょうと言われている。何の話だ。

そもそもこの発光器は外套膜のどのあたりまで達しているのか? 小判のちょうど真ん中あたりを切って断面を見てみて納得。なるほど、小さな粒上の発光器が小判のような形に寄り集まっているのか! そしてその発光器は外套膜の表面付近にしか存在しない。それより内側は普通の身っぽい。色も含め、みかんの皮の粒々っぽい。

トビイカの発光器断面

トビイカの発光器断面(拡大)

ここで岡野さんの秘密兵器が大いに役立った。UVライトである。当ててみると、先ほどの粒々が光るではないか。やはりこれが発光器ということで間違いなさそうだ。

UVライトを当てたトビイカの発光器断面

断面でなく表面に当てたところも撮影。なかなか美しい。生きているときはどんな風に光るのだろうか。

トビイカ発光器(外皮除去)

トビイカ発光器(外皮除去)にUVライトを当てたところ

ちなみにこのUVライトでトビイカの全身を照らしてみると背面の小判状の部分だけでなく腹側にも微妙に発光器が分布していることが分かった。今回譲っていただいたトビイカは冷凍後に解凍したものなので、冷凍しても発光機能に遜色はないようだ。

ちなみにトビイカは子供の頃は直腸の上に2つの丸い発光器があり、腹側を光らせることで自らの影を消すという効果を持っているのだが、大人になってから背面が光る理由は謎である。

癒着している漏斗軟骨器

さてようやく腹を開くところまできた。駆け足で行こう。早く食べたいから。

腹側の正中を開くと、どうもパカっと開かない。漏斗軟骨器(漏斗の根元にある軟骨)が外套膜と癒着しているのだ。

漏斗軟骨器が外套膜と癒着している

スルメイカの場合はここがスナップボタンのようになっていて、はめたり外したりできるのだが、トビイカはここが完全に外套膜と癒着していて、開くためには引きちぎる必要があった。なぜなんだ。というかそもそも他のイカのこの部分がスナップボタン状になっているのはなぜなんだ。謎。

漏斗軟骨器の形はT字型

内臓はスルメイカ似

トビイカの腹を開いたところ

内臓はスルメイカとそっくり。大きな違いと言えば墨袋の大きさくらいであろうか。イカスミパスタ2食分は作れそうな量がある。スルメイカの墨袋はひょろっと細長く墨の量も少ない。

トビイカの墨袋

未成熟の個体でオスかメスかも分からないくらい。オスの交接腕を見てみたかったので残念だ。それでは内臓の写真をさらっとどうぞ。

トビイカのエラ、エラ心臓、心臓

トビイカの胃、盲嚢、膵臓

カラストンビが可愛いお口

トビイカの口

トビイカの口(拡大)

口は小さめという印象だが、それは単に小さな個体だったからかもしれない。カラストンビもスルメイカに似ていて、茶色い色がついている部分がちょっと違うくらいかな。歯舌は取り出せなかった。

トビイカの上顎板と下顎板(カラストンビ)

大きくて強い眼球

トビイカの眼球

スルメイカと比較して、体の大きさに対してかなり大きく感じた。計っておけばよかったな。飛んでいる時も目で見て波の具合や仲間が飛ぶ方向を察知しているというから、眼が良いのだろう。大きいだけでなく眼球の皮が厚いというか強かった。特に海水に面している方はなかなか破れない(冷凍して解凍したスルメイカはすぐに眼球が破けがち)。

トビイカの眼球(拡大)

体の割に大きな平衡石

トビイカの平衡石

もちろん、平衡石も取り出してみた。平衡石とは何かは以前書いた記事、イカの平衡石とは - キリンはハマグリのなかまを参照して欲しいのだが、簡単に言うと耳石みたいなものである。

スルメイカの平衡石はかなり小さくて取りづらいので、同じアカイカ科のトビイカの平衡石も小さいだろうと構えていたら、小さな個体にもかかわらず意外と平衡石が大きかった。体感アオリイカくらい。我ながら伝わらない例えだとは思う。どうやっても写真がうまく撮れなくて悲しい。

いざ実食、発光器の味は?

ようやく長い解剖パートが終わり(3時間)、実食である。私もいか連合メンバーも、トビイカを食べるのは初めて。沖縄では食べられているわけだから美味しいはず、いやでも全国流通していないのはそんなに美味しくないからなのか? 

ちょっとだけ生食、衝撃の味

トビイカを部位別に切り分けたところ(生)

外套膜、発光器、ヒレ、腕、と部位別に切り分けてみた。解凍から時間が経っているので生食は微妙かなと思いつつも、好奇心に勝てず。まずは普通の外套膜から。ふむふむ。特に食べる意味を感じない。いきなりすごくディスってしまったが、不味いわけではない。イカの風味はあるのだが、スルメイカのような強い旨味もなく、かといってヤリイカのような繊細な甘みも感じられない。でもまあこれは状態のせいかも。フレッシュなトビイカのポテンシャルはもっと高いのかも。

UVライトを当てたトビイカの発光器

ちょっと拍子抜けしたが、メインはこれから。発光器である。素人なのでどういう仕組みで光っているのか知らないが、少なくとも光らない部分とは違う味がしそうなものである。

5ミリ角くらいの欠片を口にする。これは、駄目だ。少し前まで味の種類は5つ(甘味、塩味、苦み、酸味、辛味)だったが、最近は「うま味」が追加され6味となったと聞く。それならば私は提案する。7つめの味、「まず味」を。6味の組み合わせでは説明できないまずさ。舌にケミカルな膜が張ったような不快な状態である。ユウレイイカやダイオウイカで味わった塩味と苦みとえぐみとはまた全然別物である。ホタルイカモドキの先端の強烈な苦みとも違う。なんだこれは。全員のテンションがだだ下がり。この先、6匹分のトビイカを食べなきゃいけないのよ。

炒めて素材の味を楽しむ

塩で炒めたトビイカ

気を取り直して調理。今度は無難に炒め物にしてみた。素材の味が分かるよう、味付けは塩のみ。これはなかなかイケる! やはりスルメイカほどインパクトのある味ではないものの、普通に美味しいイカである。発光器を除けば。

発光器のある部分は炒めると濃いオレンジ色になり、UVライトを当てても光らなくなった。口に入れてみると、硬く舌触りも良くない。噛みしめると生の時ほどではないが、じわじわと「まず味」がやってくる。でも普通に食べられる範囲だ。恐らく、発光器も普通の部分も混ざった状態で、もっと濃い味付けで他の具と合わせて食べれば気にならないだろう。発光器に全神経を集中させてはいけない。

そのほかの感想としては、触腕柄部がめちゃくちゃ柔らかいというものがあった。ほにやふぇって感じ。スルメイカもある程度は軟らかいが、しこしこした食感でまるで違う。

天ぷら食べてみろ、トブぞ

トビイカの天ぷら

さて、残されたトビイカをどうやって食べようか。皆この時点で疲れ気味だったが、残しておいてもしょうがない。何でも揚げればうまい説を採用し、天ぷらにすることにした。細かく表面に切れ目を入れたからか、さして油跳ねすることなく、素直に揚がってくれた。

そして揚げたてを一口。うま~い。うますぎてちゃんと写真を撮れなかったほど旨い。箸が進む、進む。さっきまでのはいったい何だったんだろう。揚げると甘みを感じられるようになり、イカの天ぷらとは思えない、ねっとりトロリ食感。正確には、ちゃんとイカのような弾力を最初に感じるのだが、口の中でトロリとした舌触りに変化する。発光器は炒めて全部食べてしまっていたので天ぷらにできなかったのだが、多分まず味も気にならないくらい美味しくなっていたのではないか。残しておけばよかった。

トビイカと玉ねぎのかき揚げ

腕も余っていたので、玉ねぎと一緒にかき揚げに。こちらはめちゃくちゃ油跳ねしていた。腕はスルメイカ程度の硬さがあり、揚げたことによってイカらしい味わいが引き出されていた。玉ねぎとの相性も良い。沖縄の現地では天ぷらが名物だというのも頷ける話である。

またね、トビイカ

昼に集まったのに、帰るころにはどっぷり日が落ちていた。皆、新たに得た知見に興奮して目が輝いている。まだまだ岡野さんの家にはトビイカがたっぷりあるそうなので(8kgブロック×3が届いたらしい)、また解凍することがあれば、皆で集まりたい。成熟個体の観察や、レシピ開発など楽しそうだ。

最近はスルメイカが絶望的に獲れなくなってきたので、今後トビイカが代替として関東に入ってきたりする可能性も無きにしも非ず。その場合は是非てんぷらにして食べたいと思う。

参考文献

イカはしゃべるし、空も飛ぶ〈新装版〉 面白いイカ学入門 (ブルーバックス)

世界イカ類図鑑

世界で一番美しいイカとタコの図鑑