イカは解剖するのにうってつけの生き物

メシ通さんに、『「イカを楽しく解剖しながら部位別に美味しく食べる方法」を日本いか連合員が手とり足とり教えます』という記事を寄稿させていただいた。読んでくださった皆様、ありがとうございます。

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常々、イカを解剖することの楽しさを伝えたいと思っていたので、この記事を書くのは本当に楽しかった。記事を制作していて改めて思ったのだが、イカってすごく解剖向きだ。私のように理系でもなく、解剖の経験もそんなにない人が、最初に手を付けるのにうってつけの生き物だと思う。

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▲イカを開く喜びは、プレゼントの包装紙を開けるときの喜びに近い

いい機会なので、その理由をまとめておく。まあ、まず「解剖したい」という欲求を持っていることが前提になるわけだが。みんな知りたいでしょ?生き物の体の中身。私は知りたい。

いつでもどこにでも安く売っている

さあ、解剖しよう!と思い立っても(思い立つのかどうかはさておき)、対象が手に入らければ始まらない。その点、イカは安心だ。大抵のスーパーの魚売り場には丸ごとのイカがいるから。

さすが、日本の魚介類の中で1位2位を争う消費量を誇るだけある。世界から見ても日本のイカ消費量は断トツ1位。日本人ってイカ好きなのだ。

そんな人気商品だから、スーパーもいつでもイカを売れるよう仕入れを頑張っているわけだ(たぶん)。旬でなくても、解凍品が通年出回っているというのも嬉しいところである。

この頃は不漁続きで値上がりしてしまったが、それでも高くても500円も出せば立派なスルメイカが手に入る。それで得られる知識やエクスタシー(これは私だけか?)を考えればむしろ安い。

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▲こんなピカピカのスルメイカが手に入った日には、誰にでも優しくなれる

自宅にある道具でできる

解剖というと、メスとかゾンデとかノミとか大仰な道具が必要そうで身構えてしまうけれど、イカなら最低ハサミ一つあれば解剖できちゃう。骨もないし、まるで解剖してくださいと言わんばかりにシンプルな筒状の胴を、スーッと切るだけだ。

もちろん、ピンセットとかゾンデとかあるに越したことはないけれど、スルメイカぐらいの大きさなら大抵のパーツは指でつまめるし大丈夫。生の感触を指先で味わうのもオツだよ。

と言いながら、私は後で食べることを考えて必ず使い捨て手袋をして解剖しているのだが。ニオイもつかないしね。

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▲特に記事とは関係ないけど、アオリイカの副包卵腺がオレンジで可愛いので自慢

赤い血が出ない

血が苦手なので解剖はちょっと・・・という人も、イカならチャレンジしやすいかも。血がダメという人は大抵あの赤色と鉄のニオイがダメなのだろうと思うが、イカはどちらもクリアしている。

イカはヘモグロビンではなくヘモシアニンという物質で酸素を運んでいるので、血が赤くない。酸素と結びついているうちは薄い青色で、酸素を手放すと透明になる。ニオイはいわゆるイカのニオイだし。ほら、これなら怖くない。

血が透明だから、内臓のグロテスクさは抑えられつつも本来の色や光沢が美しく見えて最高だ。切る度に血を拭う手間もない。

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▲血まみれなはずなんだけど全くそうは見えないクリーンさ

奇妙で面白い体の構造

解剖というのは、ただ体を切り開けば良いというものじゃない(と思う)。生き物の体の構造をつぶさに観察し、その神秘に思いを馳せる、それこそが醍醐味だ。

どんな生き物も面白くて見どころがあるとは思うけれど、イカは身近に手に入る生き物の中ではかなりぶっ飛んだ作りをしているので、ツッコミを入れながら楽しめる。

そもそも頭から腕が生えているというのがおかしい。まぁウニとかナマコとか無茶苦茶な連中は他にもいるけれど、常識的な動物は胴から手足が生えているものじゃないのか。

そのうえ、口が脳天ど真ん中に開いて、脳の真ん中を食道が通るというのはどういうことだ。よく噛まずに餌を飲み込んだら、頭痛がしたりするんだろうか。体があんなに柔らかくて骨すらないのに、口だけやたら硬く鋭くて攻撃的なのもイイ。

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▲エイリアンもびっくりの凶悪な口。巨大なイカに噛まれる夢を見たけど本当に怖かった

心臓を3つつけちゃったのもどうなのか。よく寿命は心拍数に反比例するなんて言うけど、イカは心拍が心臓3つ分あるから1年しか生きられないのではと適当なことを思う。

ちなみに、するめイカに心電図を付けて心拍数を計った方がいて、その方によるとスルメイカの心拍数は1分間に86~100 回と考えられるそうだ。割と人間に近いな。

https://www.miyagi.kopas.co.jp/JSFS/SHIBU/TOUHOKU/0501-program/112.pdf

人と似ている

こんなに奇妙な作りをしているというのに、意外と人間と似ているポイントがあるというのもイカの不思議なところ。あの骨なしのやわらか生物と霊長類だぞ、全然違うだろうと思うのだが、シンパシーを感じる部分が幾つかあるのだ。

まず、あの大きくてチャーミングな眼だ。人と同じようにレンズ備えたカメラ眼で、人並みに視力があると言われている。透き通った水晶体はとても無脊椎動物のものと思えない。ちなみに生の水晶体を噛むと、キャラメルみたいな粘りがあるよ。

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▲このままアクセサリーにしたいくらい可愛い。右は水晶体

体の中身だってすごい。食道、胃、盲嚢、膵臓、肝臓、直腸に肛門まである!イカが無脊椎動物であることを考えると、人とこれだけ似ているのはすごく不思議だ。ま、人間に盲嚢はないけどさ。窪寺博士は盲嚢は人で言うところの盲腸みたいなものだとおっしゃっていた。

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▲ホタルイカみたいに小さなイカでもしっかり内臓はある

あと血管系も。血が透明だから確認しづらいけど、注意してみるとイカにも立派な血管が通っていることがわかる。多くの無脊椎動物が開放血管系であるが、イカを含む頭足類は人と同じ閉鎖血管系だ。ちなみにミミズもあんな風体で閉鎖血管系らしい。

解剖後に簡単に食べられる

解剖後に食事というもう一つのお楽しみがあるのは嬉しい。そりゃあ毒さえなければ大抵の生き物は食べられるわけだけど、イカは骨や鱗の処理もないので解体が簡単、そのうえ可食部が多く、美味しいときた。

解剖をじっくり楽しんだらそこそこ時間もかかるし、後処理は手間がないほうがいいよね。その日食べる気分でなければ、冷凍もできるし。しかも冷凍しても味が落ちない。

私ほどの頻度でイカを解剖していると、夫からもうイカは飽きたとクレームが入ったりするけれど、たまにやる分にはむしろ喜ばれるんじゃないかな。

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▲夢のイカづくしおつまみセットも簡単自作できる

おうち時間にイカの解剖を

イカは解剖にぴったりの生き物だということがお分かりいただけただろうか。実際、学生の解剖実習などでもイカはよく使われているようだ。

なかなか自由にお出かけできない日々が続いている中、買い出しのついでに鮮魚コーナーへ寄ればイカは手に入る。おうち時間の過ごし方の一つとして、イカの解剖をしてみてはどうだろうか。

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▲最近は飲食店用の高級食材がスーパーに流れているらしく、巨大なアオリイカを格安でGETできた