「ホタルイカの全身発光ショーが東京で開催されます」
Twitterでこの情報を頂いたときは震えた。
ちょうど先日、片道8時間かけて富山へホタルイカを捕りに行ったばかりの身である。あのホタルイカ、しかも生きたホタルイカが東京で見られるだって?!
どういうことなんだ。 調べてみると、どうやら板橋区の中板橋商店街にて桜の開花に合わせて毎年「なかいたさくら祭り」というお祭りが開催されており、そこでは富山県魚津市の観光協会と提携して魚津の名物であるホタルイカを中心とした物産展など、さまざまな催しが開かれているらしい。その催しの一つとして、ホタルイカの発光ショーが行われるというわけだ。
しかも頂いた情報によると、このショーでは今まで私が見たことのない、ホタルイカの「皮膚発光」を見せてくれるのだという。見たい。見た過ぎる。ホタルイカが私に「行け」と囁いている。
このトキメキ、どう言ったら伝わるだろう。遠征してまで会いに行くほど好きな地方アイドルがいたとして、地方での握手会へ行って帰ってきたら、小さなハコで東京公演をやることが決まってしかも新曲を披露してくれるみたいな感じか。わかんないけど。とにかく、そういうことだ。
なかいたばし商店街へ
というわけで来た。 心にピンと来たら即行動。動けるうちに色々やっておこう。なにせ都内だ。近い。
天気は曇りのち晴れ、各地で花見日和を迎えたこの日こそホタルイカとの再会にふさわしいだろう。ワクワクを抑えられないまま電車を乗り継ぎ中板橋へ。
さて、事前に調べた情報によると、ホタルイカ発光ショーを見るためには事前に整理券をもらわなければいけないらしい。もしかして、結構人気なのかしら。
お祭りが始まるちょうど11時ごろに商店街会館へ整理券をもらいに行ったのだが、発光ショー1回目(12:00)の回は既に満席。やっぱり人気だ。早めに来て正解だったな。2回目の13:00の回の券をドキドキしながら受け取った。
ホタルイカの釜揚げ(桜煮)と桜見物
もう心は発光ショーへの期待で踊りだしそうなのだが、開始まで時間があるし折角だからお祭りを楽しみましょうかね。チラシで出し物をチェック。お、ホタルイカの釜揚げ販売なんてあるのか。
ホタルイカの釜揚げと言えば、先日の旅でとれたての味に衝撃を受けたばかり。あのフワフワとろりの肝の味を超えるものなんて東京で出せるのかい。な~んてちょっと偉そうなことを思いながら商店街をうろついていると、早速販売ブースを発見。
なんと野外でせっせとホタルイカを茹でているではないか。本当にその場で釜揚げしているとは。釜揚げ済みのものを配るのかと思っていたよ。これは味に期待が出来そうだ。
こちらも人気があるようで、開始してすぐだというのに4~5人の行列。待っている間に、茹で係の魚津のお兄さんと「実はつい最近、富山でホタルイカ捕ったんですよ」「えー捕れたんですか!それはすごいラッキー」なんて会話をしたり。
そんな話をしている間にピッチピチのホタルイカが茹で上がりましたよ。
こんな立派なホタルイカにお茶ではさみしいでしょう、ということでお酒を物色。日本酒もいいけどちょっと量が多いな。ここはビールで。
商店街を抜けると石神井川が流れており、川沿いは見事な桜並木。橋の欄干をちょっと間借りして、一杯やらせてもらいましょうね。
ホタルイカを塩水で茹で上げたものを、その色から「桜煮」と呼ぶ、というのは先日の旅で教えて貰ったこと。ホタルイカの桜煮とソメイヨシノ、春を告げるふたつの桜に乾杯!
ぱくり、と頬張ると、いい塩梅の塩味とはじけ出る濃厚な肝。これ、これですよ。この間富山で食べたとれたてホタルイカにも負けない旨さ!ひとくちごとに幸せがとろけだす。あっという間に食べ終わってしまった。東京の商店街でこんなに美味しいホタルイカに出会えるなんて。
ホタルイカの香りの余韻を楽しみながら、川沿いと商店街をぶらぶら。昼から飲んでいい気分だな。
お祭り気分を満喫してお昼を済ませたら、そろそろショーが始まる時間。さてさて、いよいよだ。
発光ショーの前にビデオでお勉強
さぁ今日のメインイベント、ホタルイカ発光ショーの会場である商店街会館へやってきた。元気なお姉さんが案内してくれる。よっしゃ、発光だ!と意気込んでいたら、どうやら発光ショーの前にちょっとしたビデオ上映会があるらしい。焦らすねぇ。
ホタルイカについて簡単に学んでから発光ショーに臨むとより一層楽しめるという配慮のようだ。なるほどそういうことなら、ビデオも全力で見ましょう。前のめり気味にスクリーンを見つめたところで、上映会スタート。
10分ほどの短い映像だったが、魚津でのホタルイカ漁の様子、ホタルイカの発光器についての要点がまとまっており、これから始まる発光ショーへの気分を盛り上げてくれた。特に、ホタルイカにある3種類の発光器についてきちんと説明があったのは良かったな。
ホタルイカ解剖の話でも書いた通り、ホタルイカには眼・腕・皮膚の3種類の発光器がある。天敵から逃れるための幻惑効果を狙って光らせる腕発光器は、ホタルイカに刺激を与えることで簡単に見ることができるのだが、全身(腹側のみ)が光る皮膚発光はホタルイカ捕りの時には確認できず、どうやって見ればいいのか謎だった。それを今回は見せてもらえるというのだから、私の興奮がいかほどかご想像いただきたい。
お待ちかねの発光ショー
ビデオ上映が終わると、待ちに待ったホタルイカ発光ショーの時間である。会場には子供もたくさんいたけれど、この中の誰よりも興奮し、楽しみにしている自信がある。だって、東京で生きたホタルイカに会えるんだよ?しかも皮膚発光が見られるという。これがどれだけスゴイことだかみんな分かっているのかい。
先程とは違う、黒いシートで遮光された怪しげな小部屋に通されると、ドアにはしっかり鍵がかけられた。部屋の真ん中には黒い布で覆われた水槽らしきものがある。きっとあれにホタルイカが入っているのだ。ドキドキ。ショー中は少しの光でも影響があるので、一切の光の出る機器の使用は禁止とのこと。写真が撮れないのは残念だけれどその分しっかりと目に焼き付けよう。
魚津の観光協会からやってきたという石原さんが、まずは自己紹介。朝5時ごろからホタルイカを車に乗せて魚津から東京まで運んできてくれたそうだ。先日行ってきたからよくわかるけれど、富山と東京って遠いのよ。お疲れ様です。
発光を見るためには暗闇に目を馴らす必要があるということで、赤いランプを除いて、部屋の灯りがすべて消された。その間にホタルイカがどうして光るのかについての解説や、このショーはまだ今日2回目だからイカが元気ですよなんて話を聞いたり。
あっという間に5分ほど経ち、目も馴れたところで待ちに待った発光ショーがスタートだ! 何故だか緊張して手汗をかいてきた。だって写真も取れないし、チャンスは一度きりなのだ。どんなふうに見えるんだろう。
水槽の周りに集まったら、最後までついていた赤いランプも消され部屋は完全な暗闇に。覆いを取られた水槽を見つめると、ん、何も見えない?いや、見えた!光ってる!ホタルイカが光っているよ!
見えたのはよく写真や映像で見かける強い青い光ではなく、小さな青白い光の粒。とても弱弱しくて繊細な光なのだがそれがたくさん集まってぼうっと光り、ホタルイカの形を成している。真っ暗な水槽の中にホタルイカの光のシルエットが浮かび上がり、それが泳ぎ回っているのはとても不思議な感じだ。泳ぐ星空。そんな言葉が浮かんだ。数匹集まるととても幻想的だ。これは未だかつて見たことのないものだ・・・!
「はい、手を出して!」 この状態のホタルイカを手に乗せてくれるらしい。こういう時に遠慮してはいけない、元気よく手を突き出すとヒヤッとした感触と共にホタルイカが乗せられた。すごい。光るホタルイカが手の中にいるのだ。興奮でわなわなと体が震えそう。ホタルイカは腹側しか光らないというからもっと部分的な光り方なのかと思っていたら、側面まで発光器があるようで本当に全身光っているかのよう。近くでみるとかなり立体的だ。光量控えめなエレクトリカルパレードといったら伝わるだろうか。光の粒ががちゃんとホタルイカの形をしているの。
一番近いのは、アクリルに3Dで彫られたレーザーアートかな。よくペーパーウェイトとかであるやつ。あれがホタルイカの形をしていると想像して欲しい。
それが暗闇の中でほわっと光り、動いているのだ。皮膚発光がこんなに繊細で美しいとは知らなかった。忘れないように、心のシャッターをパシャパシャと切る。これだけ淡い光だから、暗闇への馴化が必要だったんだね。ホタルイカをそっと水槽へ戻し、ショータイムは終了した。
すごかった。明かりがついた部屋で、まだ興奮冷めやらぬ自分がいた。サイリウムを振り回したような腕発光の強い光も迫力があって魅力的だが、体全体が天の川のように光る繊細な皮膚発光はまた別の美しさがあった。
これを東京で見られたことの貴重さを噛みしめる。魚津市観光協会の方と中板橋商店街の方の素晴らしい協力プレーのおかげだろう。感謝したい。
聞けば、このホタルイカの皮膚発光ショーは魚津水族館でも行っているらしい。魚津水族館は日本で最も歴史ある水族館。なんでもマツカサウオの発光も、この水族館で発見されたとか。発光系に縁があるのかな。
今度富山を訪れる時は、魚津へ行って朝市でも冷やかし、魚津水族館でホタルイカ発光ショーをみて、地酒と地魚に舌鼓を打つ旅ってのもいいかもしれないなぁ。ま、きっとどうせ夜は海岸にホタルイカを捕りに行っちゃうんだろうけど。
本当にいいものを見せていただいた。 派手さはないけれど、ジワリと心に残る体験をさせてもらったと思う。すごく得した気分で中板橋を後にした、春の午後であった。